つれづれなるままに

毎日人生について奮闘しているレベル30の独身女

私自身のADHDに気づいた話

まず、自分の中の当たり前が当たり前じゃないことに気づいたきっかけ。

 

社会人3年目あたりになってようやく気付いた。

そもそも親からの呪いのような言葉で「体力を削ることなく室内で夏は涼しく冬は当た択仕事できるから。女の子なんだから事務職についたら一生安泰よ。」から、私は将来何をしていいのかわからない中とりあえずの事務職に就いた。

これは本当に運良く受かってしまった。

 

1年目、がむしゃらに仕事を覚えるので必死。人より動きが鈍いことに気づく。

2年目、仕事は覚えているが細かいミスが多く、歳の近い嫌味な先輩からは「事務向いてないよ」と言われる。

3年目、大きなミスも重なり毎日のように上司に呼び出されお説教。仕事量も多く、定時内に仕事が終わらないがタイムカードを勝手に先輩に切られてしまっていたので家に仕事を持ち帰ってやっていた。それでも終わらない日は早く出社して仕事をする日々。

 

そして3年目後半、ミスがミスを呼び、ついに毎日の通勤が苦しくなる。

当時バス通勤していた私はバスの中で自分なんか居なくなればいいのに、このまま死んだらどれだけ楽になるのかな。自分なんて底辺なクズだとずーっと繰り返し繰り返し考えていた。

ある日の朝、会社の扉の前に来て「ここら辺のビルで高いビルはどこだっけ。そこの屋上にいってすっきりしたい。もう人生終わればここに来なくてもいいんだ」って思考が誰かに操られてるみたいだったし、変に心がクリアだった。

そこで思いとどまるとかじゃなくて、ドアノブを無意識に捻って会社に踏み入れたからこそ高いビルに行かないで済んだ。

この時の状態は軽いうつ状態

 

インターネットでミス 不注意とか検索していくうちにADHDという発達障害があることを知って調べれば調べるほど自分に当てはまっていた。

 

自分の幼少期から小学生、中学生、高校生のアルバイトの失敗を自分で結構覚えている。

普通の人はしないようなミスばかりでなぜ自分の頭は集中しなきゃいけないとわかっているのにもやがかかったように考えることができなくなるんだろうって。

高校のレジのアルバイトの時にそういえば悩んで苦しい思いしたことあるなって。

つまりお金を扱う仕事は向いていなかったんですね。

 

失敗エピソード

①幼少期

姉と祖母にそこには犬のう〇ちがあるから踏んじゃいけないよと3回以上は言われていたのにもかかわらず踏んで姉にからかわれてしまう事件w

 

②小学生(あるある)

・そもそも授業聞いてないから全く勉強がわからないときある。

・合唱部で先生に何度もどこ見てるんだ、話し聴いてるのかと注意される。

・腹筋で後ろに段差があるのに気づかずに思いっきりぶつけてたん瘤をつくる。

 

③中学生

・先生の話を聞いていないので入学式の時間を間違えて初日から遅刻した。

・友人に呼ばれて思いっきり振り返ったら柱に顔面ぶつけて痣になった。

・課題のやり方を聞いていなかったので自己流でやって提出したら全く違くて怒られる。

 

④高校生

・ほぼ毎日遅刻。

・レジのバイトで違算を毎回出して店長に注意される。報告書を毎回提出するも、改善方法がわからない。注意すればいい話と言われて、毎回注意することができない自分がおかしくて悔しかった。

 

⑤社会人日常生活あるある

・シフトの見間違い

・買い間違え(新幹線チケット、日用品、同じ巻数の漫画買ってる)

・改札でICカードを必死にきっぷ入れるとこに挿してたw

・パジャマを中に着たまま出勤

・ノーブラで出勤

・服が前後ろのまま外に出てる

・スカートがめくれてパンツ丸出しで歩いてたw

・携帯電話、定期を忘れたり落としたりで警察のお世話になることが何度かある

・赤信号なのに横断歩道渡ってる

 

たまに命の危険にさらされることもありますが、28歳まで無事で生きてる奇跡。

 

詳しい検査まではしていないですが、病院に行ってADHDの気があると診断されました。

病院の話はまた別な日に書きます。

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